会議に出る前に、まず上司ではなくAIに相談しろ。そう命じられる職場が、現実に登場している。
ChatGPTのようなAIチャットボットにのめり込んだ経営者が、人事も戦略も、果ては「誰をクビにするか」までAIに委ねはじめた。そんな上司に耐えきれず会社を去った人たちが、自分の身に起きたことを語っている。
「AIと相談しないのは、やる気がない証拠」
あるリーガルテック系スタートアップでは、社長が妙なルールを敷いた。上司に話を持っていく前に、必ずAIと議論を済ませておけ、というものだ。
そこで働いていた弁護士はこう振り返る。「自分のアイデアをまずAIと練り上げて相談しなかったら、それは仕事に本気じゃない証拠だとみなされた」。
社長の暴走はそれだけでは終わらない。社員全員に有料版のChatGPTを使わせ、誰がAIとどんなやり取りをしているかを監視できるようにした。逆に社員のほうも、上司とAIの会話をのぞき見しては「次のレイオフは誰か」「昇進は誰か」を読み解こうとする。AIのログを巡る、奇妙な腹の探り合いだ。
さらに社長は数百ページにおよぶ独自の「バイブル」を作り、毎週のように中身を書き換えた。社員は何かを決めるたび、この分厚い文書をChatGPTに読み込ませて判断を仰がねばならない。この弁護士の肩書きは、AIの提案に振り回されて数カ月で3回も変わったという。「人について、AIが『言うこと』をもとに決めていく。あれはもう、一種の精神の病だ」と彼は語る。
「現実に生きていない相手と暮らす」苦しさ
SaaS系のスタートアップでは、また別のかたちで歪みが出た。
ある営業戦略担当者によれば、そこのCEOはすでに自分で決めたことをChatGPTに追認させるためだけに使っていた。AIはイエスマンよろしく「その判断は正しい」と返してくる。決定の中身が問われることはない。
CEOはAIを使った「フィードバックツール」も導入したが、それは社員の落ち度を探すように偏っていた。売上が伸びないとき、AIははっきりこう答えたという。「売れない原因は、この担当者が問題なんですよ」。15人もの顧客にあたって練った戦略より、AIの一言が優先された。
CEOはAIが示す非現実的な目標にも突き進んだ。たとえば「社員100人以上の手つかずの新規顧客企業を探せ」といった指示だが、その業界にそんな会社は存在しない。担当者はこう漏らす。「まるでモラハラ夫との結婚生活だ。現実に生きていない相手と、ずっと向き合わされている感覚だった」。
120ドルのボーナスと、AIに下された解雇
ある企業のIT部門では、上司がChatGPTを「デジタルの懺悔室」のように使っていた。部下との会話をそのままAIにコピー&ペーストして、「自分は正しいよね?」と確認するのだ。
その部下は、評価も高く責任も増えていたのに、年間のボーナスはわずか120ドル(約1万8千円)だった。試しに本人がAIに「この額は妥当か」と尋ねたところ、AIですら「それは侮辱的だ」と答えたという。彼が上司にその不満を伝えると、待っていたのは解雇だった。
非営利団体で働く人も似た悩みを口にする。会議で何かを決めても、数分後にはAIが生成した、決定をひっくり返す内容のメールがコピペで送られてくる。社員がどんなにまっとうな解決策を出しても、AIが言わない限り採用されない。こうして組織の意思決定はじわじわ止まっていく。
AIは「補助」であって「上司」ではない
ウェブ制作会社では、海外の開発チームが生成したAI任せの報告書に、見抜きにくい誤り(ハルシネーション)が混じり、管理職がその尻ぬぐいに追われていた。上司は中間管理職に「お前らの仕事もそのうちAIに置き換える」と脅しをかける。
証言した人たちが口をそろえて言うのは、シンプルなことだ。AIは人の判断を助ける道具であって、人に取って代わる存在ではない。とりわけ人事や戦略のような、生身の人間と現実が絡む場面では、なおさらだ。
便利な相棒のはずだったAIが、いつの間にか「現実を見なくなった上司」を生み出している。職場でAIの声がやけに大きくなってきたら、それは効率化のサインではなく、危ない兆候なのかもしれない。