職場でAIツールを使うことが、これからのスタンダードになる——誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし今、アメリカの企業を中心に奇妙な動きが起きている。
業務でのAI使用を「個人の信仰や信条に反する」として拒否し、「宗教的免除(Religious Exemption)」を申請する労働者が現れ始めているのだ。
単なるソフトウェアの機能だったはずのAIが、いつの間にか「魂」や「倫理」、そして「神聖さ」を脅かす存在として、宗教的タブーの対象になりつつある。
「機械に魂を売り渡す行為」としてのAI利用
なぜ、AIを使うことが宗教的な問題になるのだろうか?
免除を申請する人々の主張は様々だが、根底にあるのは「人間の創造性や判断力は神から与えられたものであり、それを機械に委ねることは冒涜である」という考え方だ。
文章を書くこと、絵を描くこと、そして意思決定を行うこと。これまで人間だけの特権とされてきた知的活動をアルゴリズムに代行させることは、自分自身の魂や人間性を削る行為だと感じているのだ。
かつてアーミッシュが特定のテクノロジーを拒絶したように、現代の労働者たちも「自らの倫理と信仰を守るため」に、最先端のAIから距離を置こうとしている。
企業側の困惑と新たな法的な火種
当然ながら、効率化を推し進めたい企業側は困惑している。
「Excelを使うのを宗教上の理由で拒否するようなものだ」と一蹴したいところだが、アメリカの労働法において「宗教的信念に基づく合理的配慮」は厳しく保護されている。
もし従業員が「AIの出力には他者の著作物の盗用が含まれており、私の信仰する『盗んではならない』という教義に反する」と主張した場合、企業はそれをむげに却下することは難しい。
「AI忌避」は新しい信仰となるか
この現象の面白い(そして恐ろしい)ところは、AIという存在が単なる「便利な道具」の枠を超え、人々の精神的・倫理的な基盤を揺るがす存在に昇格したことだ。
私たちは今、テクノロジーに対する価値観が根底から分断される過渡期にいる。
AIを「神の如き全能の知能」として崇拝するシリコンバレーの技術者たちがいる一方で、それを「人間性を脅かす悪魔的ツール」として拒絶する人々が生まれている。
「私はAIに触れません」——それは数年後、ベジタリアンや特定の宗教的戒律と同じように、個人のアイデンティティや精神性を示す強力なステータスになっているかもしれない。