外国語を学ぶことは、かつてグローバル社会へ羽ばたくための最も確実なパスポートだった。
しかし、AI翻訳が人間と同等以上の精度を叩き出すようになった現在、その前提は大きく揺らいでいる。
中国の大学では、急速なAI技術の発展に対応するためのリソースを確保すべく、伝統的な「語学専攻」などの人文学系学科が次々と削減されている。
言語からアルゴリズムへ
Rest of Worldの報道によれば、中国全土の複数の大学で、外国語学部の定員削減や学科の統廃合が進んでいる。
空いたリソースと予算は、データサイエンス、機械学習、そしてロボティクスといったAI関連の教育枠へと即座に割り当てられている。
国家としてAI領域における覇権を握るため、即戦力となるエンジニアを大量に育成することが最優先課題とされているからだ。
これまで何年もかけて習得してきた「言葉」というスキルが、数秒で翻訳を出力するAIモデルの前に陳腐化しつつある。
文化のインフラとしての「言葉」
実利的な視点で見れば、機械にできることを人間が何年もかけて学ぶのは非効率かもしれない。
AIがあれば、世界中のどの国の文献も読めるようになり、誰とでもリアルタイムで意思疎通ができるようになる。
しかし、語学とは単なる情報の変換ツールではない。
その言語が持つ背景、歴史、人々の考え方といった「文化のインフラ」そのものを理解するためのプロセスである。
効率化の波の中で語学専攻が真っ先に切り捨てられる事態は、言語が単なるデータ処理の対象へと成り下がったことを意味している。
技術シフトがもたらす副作用
これは中国だけの問題にとどまらない。
世界中の教育機関が、限られた予算を「将来性のある」技術分野やAI教育に集中投資し、人文学系の予算を削減している。
翻訳AIが完璧に機能する世界において、人間がわざわざ他国の言語を学ぶインセンティブは激減していく。
結果として、異なる文化を深いレベルで理解し、橋渡しをする人間の存在が希薄になっていくリスクがある。
誰もが多言語を使いこなせるように見えて、実はすべてAIのフィルターを通した均質なコミュニケーションしか成立しなくなる。
言語の学習を手放すことは、単なるキャリアの最適化という問題ではなく、人間が他者を理解するプロセスを機械へ丸投げするということでもある。