RedditのAIコミュニティ(r/singularity)で、ある動画が波紋を呼んでいる。
それは、人型ロボット「Figure AI 03」が、工場のような環境でひたすら単調な作業をこなし続けるデモ映像だ。
驚くべきは、そのロボットが一切の休憩を挟むことなく、実に30時間以上も連続で稼働し続けているという事実である。
この映像を見た人々の反応は、単純な「技術的賞賛」ではなかった。
そこにあるのは、「これが我々の未来の代替品だ」という、恐怖と諦めの入り混じった生々しい絶望感だ。
「疲れを知らない」という暴力
ロボットが疲れないのは当たり前だ。トイレに行く必要もないし、家族の病気で早退することもない。
経営者にとって、これほど「理想的な労働者」はいないだろう。
だが、その「疲れを知らない」という長所こそが、生身の人間にとっては圧倒的な暴力として牙をむく。
どんなに真面目で優秀な人間でも、30時間連続で働くことはできない。睡眠が必要だし、食事も必要だ。集中力だって切れる。
「機械と人間を比べるな」と言いたくなるが、資本主義の土俵では、コストと効率という一つの絶対的な基準で並べられてしまう。
「絶対に勝てない相手」と同じリングに上げられる絶望
Redditのコメント欄には、ブラックジョークに包まれた悲痛な声が並んでいる。
「トイレ休憩がないって? アマゾンの倉庫で働く人間のことか?」
「ロボットの彼らには組合もないし、ストライキも起こさない。我々は彼らと椅子取りゲームをさせられるんだ」
労働者はこれまで、「いかに効率よく働くか」を求められてきた。
しかし、どんなに頑張っても「30時間休まずに動く鋼鉄の身体」には勝てない。努力や根性では絶対に埋まらない物理的な壁が、ついに視覚化されてしまったのだ。
私たちの「弱さ」は罪なのか?
AIやロボットの進化は、図らずも「人間の限界や弱さ」を浮き彫りにしている。
疲れること、眠ること、病気をすること。それは生き物として当たり前のことだ。
しかし、最適化と効率化の果てに生まれた「Figure AI 03」の姿を見ていると、まるで我々人間の持つそうした「弱さ」が、排除すべきバグ(不具合)のように扱われている気がしてならない。
テクノロジーは人間を労働から解放するために作られたはずだった。
しかし現実は、休むことを知らない機械と競争させられ、自らの無価値さを突きつけられるという残酷なディストピアに向かっているように見える。
私たちが求めていた未来は、本当にこれだったのだろうか。